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乾杯
2015/11/20


P9230276.JPG夕方

毎月1回コラムを書くつもりで始めたのですが、結構たまってしまいました。これまでの遅れを取り戻そうと、年内に書けるだけ書くつもりです。
 
先日ある面接を受けました。私の書いた論文についての質問があり、説明すると「そう思われるのなら、もっとはっきりズバッと書いたほうがいいと思います」とアドバイスを受けました。
意見をはっきり言うことは、実務の世界ではマイナスになることが経験上多いような気がします。よって普段は、穏やかに優しく丁寧に、相手の様子を伺いながら話すことを心がけています。今回、そんな心がけが常に正しいわけでないことを気づかせてもらったことは、大変意味のあることだったように思いました。論文というのは、自分の主張を堂々と書いていい場であり、多方面に配慮しながら行っている実務とは違うわけです。

自分の考えを明確に表現できていない ということをしっかり見抜かれました。
 
「完敗」です。
肥やしにして、今日は「乾杯」としましょう。

  

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さて、前回のコラムにも書きました。将棋の話です。
意外と思われるかもしれませんが、永世名人でも実は多く負けている、ですから負けたことにあまり拘泥しないことが大切であると話されました。
 
私たちの業界の税理士試験もそんな戦いになります。
5科目合格すれば終わりなのですが、1度で5科目合格する人は、全国で年に1人出るかでないかで、皆、数年かけて合格していく試験です。だいたい、1年に2科目から3科目受験して、その中で1科目か良くて2科目受かる、あるいは全く受からない年もある、ですから、5科目合格するまでの述べ受験回数は、かなりものになります。結構勝率は低いわけです。
私も、延べ11回で5科目受かりましたから、勝率はなんと50%を超えませんでした。よって、合否にあまり拘泥せずに、しっかり休んで次の事を考える。負けと思わずにまた向かっていく、そんな開き直りも大切な試験になるわけです。
 
そんなことを久しぶりに思い出して大変懐かしかったです。
受験生は大変ですが、そんな試験だと思って、さらに頑張ってほしいです。
 
そんな私も今日は「乾杯」です。

  


迷い払拭
2015/11/13


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その日に起きたことが頭から離れずに眠れないことがあります。良いことも悪いことも頭の中を巡り、興奮が静まらない夜を迎える回数は、年を重ねるにつれて多くなってきた気がします。これは運動でも言えることで、以前は、夜運動をしてもその日の睡眠に影響はなく、逆によく眠れるくらいだったのですが、40歳を過ぎたころから、エアロビクスなどの激しい運動の後は、興奮して眠れなくなってきました。そんなわけでこの数年は、忙しさもあって、夜の運動はワンの散歩くらいになっています。一番いい運動は散歩することとよく言われますが、その通りだなと思います。

もう来年は五十路を迎えます。いつまでも若い気でいてはいけないのかもしれません。若いものに負けるものは負け、譲るものは譲り、いい大人になるといったことも必要なのかも知れません。



つい先日、ある著名な先生からご案内をいただき、将棋の永世名人の谷川浩司氏の講演を拝聴する機会に恵まれました。

私は中学の頃囲碁クラブに所属していたころがあり、囲碁は多少なりとも経験はありますが、将棋はほとんどやったことがなく、ゲームでコンピュータ相手に戦っても、ほとんど勝ったことがなく、あまり興味のない世界でした。そんなわけで私より少し知識がある家内も同席をと、解説付きの贅沢な時間を彼女から得るべく、頼み込んで(笑)、大いに期待を持って参加しました。



「先を正しく読む」といったテーマ。

将棋の世界には
勝負師としての側面
芸術家としての側面
がある。

二人で、いい戦いといった芸術を作り出していくのだから、相手を尊重したうえで行う。ただ、これも過ぎれば自己嫌悪に陥る。

最後は、やはり勝負の世界だから、真剣に行う。それにより、いい仕事を完成させることになる。


将棋の世界で、先を読むときに大切なこと。

幹から大きく外れていないかに注意。
枝葉の部分は切り捨てて構わない。
これまでの勘が大切。直感はとても大切。

初手より2手のほうが難しい。相手に呼応して打つ最初の手が難しい。その後に影響を及ぼすから。


一つ一つの言葉が、普段の私たちの生活の中に、様々なケースであてはまることが良くわかりました。将棋の世界も仕事の世界も、同じ側面が多々あるようです。戦国武将が将棋をたしなんでいたことはよく知られていることであり、今の時代においても根強いファンが多数存在することからも、この世界が日常社会と、多くの普遍的価値を、時代を超えて共有しているように思えました。


大変ためになるお話でした。

 

IMG_90461.JPG秋の東京湾


睡眠不足気味の私に印象的だったのは

「幹の部分から離れなければいい。枝葉は切り捨てていい」

といった言葉でした。

枝葉の部分までいろんなことを考えて、思い悩むことは必要ない ということです。


仕事で思い悩むとき、何が大事なのか、自分がどうしたいのかわからなくなることがありますが、その時に、この言葉を思い出すと迷いを断ち切るのに役立つようです。



50分ほどの短い時間の中で、コンパクトに要点を絞られたお話で、参加者も真剣に聞き入り、勉強会といった感じの、大変真面目なご講演でした。緊張感がありました。


貴重なお話を聴かせていただき、ありがとうございました。

また一つ、視野が広がった気がします。

   

     



秋の東京湾
2015/10/29


IMG_8536.JPG羽田


先日、知人のご夫妻のご招待で東京湾をクルーザーで周遊してきました。今年の5月にお誘いがあったのですが、悪天候のため延期になったことを気にかけてくださってのリベンジでした。有難い限りです。
 
船と言えば、小学生の時に漁船に乗ったのが初めて、鹿児島市と桜島との連絡船や、学生時代の趣味でしたが磯釣りでの瀬渡し船や乗合船、網元の友人に乗せてもらった漁船、その後しばらく縁はなく、社会人になってからは頻繁にダイビングボートに乗っていました。資格を取るのを趣味のようにしていた30歳前後のころに、通っていたスポーツクラブ経由で、4級小型船舶操縦士の免許を取得しましたが、その時東京湾に初めて出ました。思い返すと、これまで意外と多く船に乗っていたようです。
 
台風が来ており天気が心配でしたが、幸いにして快晴。風もなく、長袖のTシャツ一枚で充分の陽気に恵まれました。まだサングラスは欠かせない秋の強い日差し。
 
千葉から東京へと船は向い、羽田、お台場、そして海岸沿いに戻るコースを、事前に計画してくださっていたようです。
 
かつて小型船舶の免許を取った時、新木場の港から船が出ましたが、その時「新木場」という名の由来を知りました。巨大な材木が大量に浮かべられている間をぬうように操船して出ていったのを覚えています。江戸の世では木場が貯木場、その後、新木場へ変わっていった歴史を、大量の巨木が浮かぶ見慣れない風景の中に、ぼんやりと感じることができました。今回も、そんな東京の歴史を感じさせる風景がちらほら見られました。お台場の石垣は、江戸末期のものでしょうか。
 
ご夫妻は、羽田から東京湾沿岸へと水路を案内しながら、私の質問にいろいろと答えてくれました。考えさせられました。
 
日本は海洋国家であり、外国との接触手段は、空と海以外にはありません。この10年ほどで格段に整備された空路とは違い、海路については、まだまだ開発の余地が残されているような気がしましたし、しっかりと管理すべきではないかとも思いました。

  


IMG_8537.JPGお台場


話は変わりますが、故郷鹿児島で平成5年に水害が発生したことがありました。甚大な被害を出した大水害でした。東京で仕事をしていた若き私は、テレビの画面にかじりつきながら、早く何とかしてほしいと切歯扼腕したのをよく覚えています。

今や世界遺産となった異人館のすぐ近くで、土石流が発生し、走る車もろとも多数の人が海に流されてしまいましたが、そんな中、沿岸の漁船や、定期船が人々を自主的に救助!!なりふり構わず皆懸命に。そんなことを今回のクルーズでふと思い出してしまいました。
 
 
秋ののどかな半日旅。
 
ほっとできるひと時を提供してくださいまして、ありがとうございました。



那覇からの船中で
2015/10/26


2015.10.26.JPG沖縄の海


中学2年生の時に、地元の青年会議所(JC)と中学校の合同イベントで、初めて沖縄に旅行しました。もう30年以上も前の事です。昭和50年代中ごろのことですから、まだ日本に沖縄が復帰して間もない頃だったようです。
 
鹿児島港から夕方フェリーに乗って、翌日昼ごろ那覇港につきましたが、行きは船酔いとの闘いで動けず、船中ずっと横になっていました。こんなことなら帰りもつらいだろうと、先が思いやられましたが、誰かに、行きは酔っても帰りは酔わないよと言われ、不思議なことにその通りでした。帰りの船の中では仲間の中学生達とわいわい遊べたのをよく覚えています。
 
今、美ら海水族館があるあたり、沖縄海洋博覧会内の研修施設だったと思います、2人のご講演がありました。全国規模の財団の会長さんと医療法人の理事長さんでした。他にもう一人どなたかの紹介がありましたが、遊び盛りの中学生、そんなことなどどうでもよく、ほとんど覚えていません。
 
それよりも初めて見る海のほうがとても美しく衝撃的でした。グリーンのバスクリンのような海の中はもちろん透明で、意外で不思議な感じがしました。スケジュールの都合で、ほとんど泳がせてもらえず、数分間つかることが出来たといった感じでしたが、感動的な体験でした。
 
社会人になってから、もう一度あの海が見たいと、スキューバダイビングで再訪し、その後何度も足を運んでいます。もう何度いった事か、回数は全くわかりません。しかし、毎回、おいしい食べ物、綺麗な海、青い空、そして地元の人たちの「ゆるーい」感じが全力で私に襲い掛かってきて、温泉にどっぷりつかったかのような感覚になってしまいます。逃げられない場所になってしまったようです。

  

2015.10.262.JPG守神



さて、その時まだ中学生だった私がJCの方から教わったことがあります。

 
当時は、海外のお酒が入手しにくい頃で、沖縄では免税で安く洋酒が買えると、旅行前にいろんなお酒のパンフレットを渡されるのが常だった時代です。父に頼まれた注文済みのジョニーウォーカーの黒ラベルほか数本を、担当のJCの方のもとに取りに行こうと声をかけたところ「○○という人のところに行けと言われた ではダメだ。○○さん ときちんと さん付け で呼ぶんだぞ!」と厳しめに言われました。
 
大したことではないのかもしれませんが、忘れることのできない出来事となりました。その後、人の氏名を語るときは「さん」付けができるようになりました。教えてくれた方は誰だったのか、年齢を考えるともう70代の大先輩なのでしょうが知る由もありません。
 
沖縄に行くとこの出来事を思い出すことがあります。
私はJCに所属したことはありませんが、きっと先輩が若者を教育する大切な活動の場であるのでしょう。
 
私に大きな影響を与えた一つのご縁でした。

  


少子化対策
2015/08/02


東北の夏.jpg東北の夏


今年ももう8月になりました。暑い毎日が続きます。
 
 
先月、少子化対策に第一線で取り組まれている方の話を聞く機会に恵まれました。
 
「ゆう活」という不思議な言葉、ニュースで耳にしていました。しかし良くわからない。
仕事と生活のバランス?時代に逆行しているのでは?なんだろう?
 
私たち税理士事務所は、そのほとんどが中小・零細企業です。大企業と違い自ら求めないと政府の取り組みなどをしっかりと聞く機会はなかなかありません。今回思い切って時間を作り、気楽に参加してみました。
 
 
その本質は「人口減少対策」にありました。人口減少は、労働力人口の低下、税収の減少、海外投資家が日本に投資しなくなる、などといった深刻な影響を日本に及ぼします。将来の人口減少は明らかであり、私たち日本人が避けては通れない問題です。
 
今回政府が目指しているのは、仕事の生産性を上げ、早く終わらせ帰宅し、ワーク・ライフ・バランスをはかること、すなわち仕事or家庭から仕事and家庭へといった働き方です。
 
その心は、
 
夫の家事・育児時間が長いほど、第2子以降の出生割合が高い。女性の就業率が高いほど、少子化が解消するとのこと。欧米諸国で先行して起こった事実。
よって、ワーク・ライフ・バランスは人口減少対策になる。
 
 
全く知りませんでした。
不思議ですね。しかしわかるような気がします。

  

さんさ.jpgさんさ


出生という非常にデリケートな問題を、参加者に細やかに気を使われながらの、穏やかなお話しぶりで、また偶然にも弊社が応援している企業の取り組みなども例に出されたため身近なものとなり、あっという間の1時間半でした。とても楽しめました。
 
 
かつて私たちの先達は、日本の国家作りを西欧諸国に多く学んだ時期がありました。海をわたり命がけで勉学に励んだ先輩たちの活躍は、歴史書の中だけの事かと思っていましたが、100年以上経った平成の世においても当時と同様に、先行している国々を参考にして長期的な視野で検討を重ねている方々がおられます。
 
素直に応援したくなりました。
 
 
少しづつ、取り組みが浸透していくことを心より願っております。

   


2015年6月のご縁
2015/06/17


IMG_76572.JPG電子証明書


イータックス制度ができた当初から、私の事務所では電子申告を行っています。小学校の卒業式で校長先生から「進取(の精神をもちなさい)」と書かれた色紙をいただいた記憶が心のどこかに残っているからなのかも知れません。
そのころから新しいもの好きになり、携帯電話やパソコンも、最新のものを常に保有していないと気が済まないようなところがあります。
しかしよくよく考えてみると「進取」の精神を若干誤解してきたのではないかと、最近気が付きました(笑)。
 

ともあれ私たち税理士は電子申告を行う時、電子証明書を使って「押印」します。
私の事務所でその電子証明書を保管している名刺入れは、2000年に、母校の同窓会に参加した時、記念品として頂いたものです。普段何気なく使っていますが、事務所を開業した同じく2000年から常に近くにあり、事務所の歴史を一緒に作ってきてくれていました。
先日この母校の同窓会に久しぶりに参加したあと気が付き、不思議なご縁だなと改めて見入ってしまいました。捨てることも、無論捨てる気もない、大切な一品です。
 
 

そんな最中、とあるご縁で、地方創生の第一人者の話を聞く機会に恵まれました。
地方の集落が自然に無くなる なんて失礼。最後までその地でしっかりと生きていこうとする人たちがいる。さらに、都会から地方へ、一緒に暮らす仲間としてこの地で骨を埋めたいという意識のもとに、移住をする人たちも増えている。
そんな人たちの希望をかなえてやることの大切さについてお話しされました。

日本人として共感できる、実に本質的な考え方で、大変いい勉強になりました。

 

IMG_76401.JPG梅雨

話は戻りますが、この母校の同窓会ですが、私が初めて参加した2000年は、まだ大きな規模ではなかったように記憶しています。
一番話したい同世代の人を探すのに苦労し、その後自然と疎遠になりました。
しかしこの15年間先輩方が中心となって着実に努力されてきた結果なのだろうと思いますが、先日の会は、多数の参加者で会場は熱気を帯び、中身の濃い、洗練されたものに感じました。
一生の思い出となりました。
 
 

日本を愛し、故郷を愛し、地方を愛し、いつでも帰れる環境であることは大切。
仲間がいることは本当にありがたいこと。
 
 
 
2015年、6月前半の、心に残る2つのご縁でした。

  


大切な思い出
2015/05/02


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私の結婚式は、当時流行していたレストランウェディング形式で行いました。

独立して間もないころで、まだまだ遊び足りず、仕事もこれからという時期での結婚でした。

なかなか結婚に踏み出せない私を早くそうさせて、仕事に集中させるのが先輩の務めであると考えてくださっていたのでしょう、私の巨匠のひとりである、故郷の大恩人の先輩に、お茶の水の居酒屋でじっくりと説得された日の事が、いまだにはっきりと目に浮かびます。


式は、家族と親しい友人だけのこじんまりとしたもので、と言っても東京のど真ん中の有名なレストランで行いましたから、それなりに緊張感もあり、料理もおいしく、私にとっては十分満足いくものでした。

高校、大学時代の友人がわざわざ故郷より出てきてくれました。代表で話してくれた一人は当時からとても味のある人でしたが、一言一言に爆笑を誘い、他の親友も「腹がよじれてしまって痛い」と話してくれるほどで、大いに式に花を添えてくれました。
後で「緊張して挨拶の時まで酔えなかった」と言われたのが懐かしい。



最後に、家内の仲人役の、恩師の方が挨拶を。
「こんなにいい式は、私はこれまで見たことがない」と、目に涙を浮かべながら締めくくってくださいました。裏表の全くない人でしたので、本当にうれしかったのだと思います。
少し恩返しができたと、家内も満足気の様子でした。

もう11年も前の事です。


その恩師が、先月お亡くなりになられました。
50代の若さでした。


私はそれ以来ご無沙汰しておりました。
久しぶりにお会いできる頃かと思っていた矢先の出来事でした。本当に残念な気持ちでいっぱいです。

南国の高知県出身。豪快で、かつ繊細な、表裏のない、情に厚い男 といった感じの人でした。
よく知らない私に、なぜそんなに好意的に接してくれるのだろう?と 多分、皆に想われるような、温かさを持った人でした。

一緒に酒を酌み交わす日を楽しみにしておりました。


恩人である先生が、大好きな山で最後を迎えたというのが、私にとっては唯一の救いです。


心よりご冥福をお祈りいたします。





現状維持は当然
2015/04/18


IMG_58641.jpg富士山と桜


はやいもので、4月も後半にはいりました。

今年の確定申告はかつてないほどの忙しさとなり、目標としていた終了日は後ろにずれ、そこは悔しくてたまりませんでしたが、未知へのチャレンジは必要なことと途中で割り切って、なるべく受注する方向に切り替えました。
職員一同、もがき苦しみながらもなんとか最後まで終わらせることができました。

諸先輩方や応援してくださっている皆様には心より感謝しております。

これから3月決算の準備、事務所のバックオフィス業務の見直し、新システムへの切り替え、マイナンバー法への対応と、まだまだ多忙な日々が続きます。


そういえば、バックオフィス業務と言えば、長きにわたりお世話になっている電話応対業の会社から、開業16周年を迎えたという連絡がありました。
メルマガによると、この社長さんは、普段からよく社員さんに、

「現状維持は衰退」

と語っているようです。



IMG_41481.jpg春です


私も今年開業15年になりましたので、なんだか他人事のように思えず、少し心に残りました。

誤解のないように説明すると、この言葉の意味は

「現状の利益を維持する目標では、利益は下がっていく。
現状を維持するのは当然。
新たな目標を掲げて、これまで以上に努力し続けなければ、現状は維持できな
い。」

といったところでしょうか。


税理士の業務では、知らないうちに誰からか教えてもらう言葉です。
ただ、忙しい最中、忘れてしまいがちな言葉でもあります。

「必死に頑張って10%プラス、何もしなければ10%マイナス、普通に頑張って現状維持」と、私も若いころよりお客様に言い続けてきてきました。

特に中小企業は、大手と違い競争相手が見えません。株主は親族が多く、外部関係者から特に監視されているわけでもないですから、ともすれば経営への緊張感は緩みがちです。


私も日ごろから「油断してはいけない。仕事きついなあ と感じるくらいで、周囲の税理士事務所とやっと同じレベルだから」と社員に言い続けています。


これまで継続してきたことをきちんとやる。
さらに新しいことにチャレンジし続ける。


まだまだ忙しく、先の見えない日々は続くのですが、日本という素晴らしい国で、充実した毎日をなんとか過ごせていることに、心から感謝して、決して油断せず、前に進んでいきます。


本当にありがとうございます。



向いている方向
2015/02/07


1-IMG_3793.JPG冬の東京


2015年になり、1か月が過ぎました。
毎日があわただしく過ぎていく昨今で、何末年始はただの休暇になってしまった感があり、それほどお正月気分を楽しめませんでした。
風邪をこじらせてしまい、寝正月だったからかも知れません。


さて、昨年度末のコラムに、修業した事務所の事を書きましたが、この事務所は、社会人の基本を教えてもらったところであったためか、独立後の私の生き方に大きな影響を与えた職場だったと思っています。

私のようなごくごく平凡な人間が、何とか資格を取ることができたのも、その時のボスの、高い教養のなせる業だったのだろうと、今さらながら思っています。
自分も当時のボスと同じ年齢そして同様の立場になったので、なおさらそう思うのかもしれませんが。


この事務所では主に、事象の捕捉方法 を教えてもらったという印象があります。

複雑で難解な租税法にどうアプローチするかを大局的な見地から教えてもらいましたが、その指導方法が、まだ若く、暗記中心の試験勉強をしていた私には、とてもわかりやすかったのを覚えています。

「これは、薬を飲んでも効かないから、ふて寝していたら、いつの間にか治っていたのと同じ ことになることを期待している ようなことだよ」などといったように、例え話を多用した指導法でした。

このような「例え」を用いた事象の説明は決して忘れません。

簡単なことなのだと、思えるようになりました。難しいことにもやる気が出ました。
自分はそれまでの人生で、いったい何を教わってきたのだろうと感じるくらいの驚きでした。


1-IMG_3700.JPGちょっと休憩


そんなボスの印象に残っているいくつかの言葉で

「向いている方向が正しければ、成功する」

というものがありました。

何を言わんとしていたのか、当時は良くわからなかったので、私は自分の都合のいいように勝手にこの言葉を解釈して、これまで生きてきました。
しかし、やっと最近、その意味が分かってきたような気がします。

「この世の中うまくできている。正しい方向を向いて必死に努力していれば、必ず実現する」



昨年、新しいことにいくつかチャレンジしました。

その結果、世の中本当にうまくできていると思えることがありました。

大きな安堵感を覚えて、本当に嬉しくなりました。
知らないうちに、多くの方にパワーを与えてもらっていたかのようです。


1-IMG_3893.JPG岩手と鹿児島


「いつまでも、パソコンばかりやらない。
もう、体調悪くしたころと、同じような生活をしていたらいけないよ」

そんな声がどこかから聞こえました。


この世の中はきっとうまくできています。

そんな世の中をこれまで作り続けてきた諸先輩たちへの感謝の気持ちを決して忘れることなく、充実した1年にしていきたいと思っています。

本年もよろしくお願いします。




税理士業務で最も大変なこと
2014/12/14


PC140719-1.JPG銀杏の絨毯


前回ブログを廃止しますと書きました。
そろそろ後進の事も考え、感情的な愚痴ブログなどやめたいという気持ちからだったのですが、意外とそうでもないようでしたので、継続することにしました。
継続は力なり です。


継続というと、税理士業務で最も大変なことは、同じお客様と、長きにわたり「継続」した関係を保つこと です。私は修業時代、ボスにそのように教わりました。

一番長いお客様で23年を超えました。私が役所勤めから、公認会計士の事務所に転職して最初に担当したお客様で、この方には現在でも公私ともに大変お世話になっています。

かつて修業先とは大変いいご縁がありました。公人の血筋で、教養、志ともに極めて高いボスを中心とした、少数精鋭型の事務所でした。

ただ事務所は厳しく、保守的な「丁稚奉公」型の指導役上司に、これでもかといわれるくらい変幻自在で、表現のしようのない指導を受けました。

8年の月日が流れます。
私の様子を、ボスもそして担当顧問先社長もしっかり見てくれていたことが分かったのは退職後のことです。退職して様々なところから依頼や誘いがありました。


田舎から都会に出てきて、礼儀もわからずまごついている私を、興味深く見守っていた社長さんたちは、自身も同様の経験をしてきた人たちだったようです。



PC140630-1.JPGまだまだ紅葉


継続した関係を保つことは本当に大変なことです。
23年もですから、それはそれはいろんなことがあります。ピンチは多々起こります。しかしそれを乗り超え、関係を継続していく方法を、自分の全能力を駆使して発見していくことこそが、税理士業務において最も難易度の高いところであり、長期的には一番達成感を感じることができることかも知れません。


達成感と書きました。
しかしそれは23年という多少の時を経て、こんな表現を使ってもいいようにおぼろげながら、やっと思えてきた のでついついでてしまった

不遜な言い方かもしれません。


まだまだ今でも当事者となると、それどころではない、必死です。


しかし、そんな様子を暖かい目で見てくれている人がきっといます。
皆同様の経験をへて、今があるのですから。

 










ブログ廃止します
2014/11/30


P9090590-1.JPGビーチハウスの早朝

久しぶりのコラムとなりました。

このコラム、古い友人のホームページに触発されて書き始めました。
彼はフェイスブックで、自身のホームページを頻繁に更新して紹介してくれています。

一緒に机を並べて勉強した中ですが、当時から絵画では抜群のセンスがあると評判でした。

現在その才能を生かした仕事を行っています。

もう30年以上も前の事です。懐かしいですね。



この友人ではないのですが、先日法事で帰郷した際にも、当日の連絡にもかかわらず、朝から急遽親友が集まってくれました。

当日のことは多忙かつ冷静でいられない状態でしたので、あまり良く覚えていません。

しかし、時間が経った今、じわじわとその有難味が身に染みてくるのを感じます。




P9070263-1.JPG目線は水面1センチ(あっぷあっぷ)

日本に古くから残るしきたり、文化ですが、それらの持つ「意味」を辞書で、たんなる知識としてのみとらえていた自分に気が付きました。

先人を、そして彼らが作ってきた文化を敬い、しっかりと継承していくこと。
大切なことだと思います。

週末、アミスタッドという、アメリカの奴隷解放の映画を見ました。
アメリカの独立の精神に従い、公正な裁判が行われたことを記した映画だったのですが、どうやらその映画にも影響されたようです。


日本には、日本人が大切にしていくべき、歴史、文化があります。




ブログをしばらくやめることにしました。
(脈絡ないですが・・・)





インピンジメント症候群と企業経営
2014/08/01


P6260056-1.JPG夏です

小学校のころから始めた水泳でしたが、20代の後半からはまってしまい、マスターズに出たり、トライアスロンの選手と練習したりと当時はかなり本格的にやっていました。

40代に入り、体調を崩したこともあり、運動量は激減しましたが、そんななか、5年くらい前のこと、練習時にプールサイドをつかんだ時、肩関節の中に腕の骨がめり込むような感触と激痛に、思わず泳ぐのをやめたことがありました。


「40肩ですよ・・大丈夫」と諸先輩方に言われ、そんなものかと放っておいたのですが、自然に治るといわれていたのがいまだに治らない。
少し不安になったので、先日、かかりつけの鍼灸師に聞いてみたところ「インピンジメント症候群」という聞きなれない言葉が返ってきました。

運動のやりすぎで、肩関節の隙間にうまく腕の骨がおさまらなくなったことが原因の症状 とのことなのですが、私の場合、発達していた肩周辺のいくつかの筋肉が、急に運動を減らしたことや加齢により激減し、全体のバランスが悪くなったことによるものではないかということでした。


好きでやっていた水泳です。泳ぐ距離も自然に伸びて、体も均整のとれたものになり、ちょっとした自信につながっていたのですが、一度人並み以上のレベルにしたものは、そのまま放っておいたり、急にやめたりすると、思わぬ不具合が起きてしまうのだなと思いました。


これは仕事も一緒です。

一度ハイレベルにしたものは、何もしないと私の肩と同じような状態になってしまう。

ベテランのインストラクターは、運動前後のストレッチにこそ、時間を多くさきます。それは、体全体をいたわっての事です。
若いころのように、自然と体が動き、多少のけがや不具合は自然に治ってしまう、もうそういう年ではないようです。



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企業も、成長期から安定期、そして衰退期へと入りますが、優秀な経営者と呼ばれる人をみていると、企業全体への細かい気配りを欠かさず、後継者をしっかり育て、徐々に権限移譲していくようにみえます。


「肩の力の抜けた仕事」というのは、こういうことを言うのではないかと思いました。


ソウイウヒトニワタシハナリタイ


のですが、あと何十年無理しなきゃならないのでしょうか・・・。



SAUDE!SAUDADE
2014/07/03


写真 (1).JPG夏はもうすぐです

サッカーのワールドカップ、ブラジル大会が開催中です。日本は残念でしたが、皆よく頑張った。夢を与えてくれてありがとう。
お祭りなんですから、みんなでもう少し楽しみましょう。

この春、消費税増税にあやかって?車を買い替えることができましたが、旧車のコンソールボックスに入ったままになっていた大量のCDに気が付きました。そのほとんどが、15年くらい前に録音した J-WAVEの 「JAL SAUDE!SAUDADE」です。
エアチェック(懐かしい言葉!)したカセットテープを10年前に焼き直し、その後手つかず状態でした。

今回のこのお祭りを盛り上げようと、運転中は必ず聴いています。当時は緒方典子さんの穏やかなDJをエジソン峰木さんが盛り上げながら、肩の力の抜けたボサノバ、クラシカルな基本が安心のヨーロピアンポップス、思わず体が動いてしまうカリブ海沿岸のサルサ などの名曲を紹介していました。これを聴くのが、日曜の夕方の私の楽しみでした。

好きだったいくつかの曲が耳に入ると、当時の思い出が頭の中をどんどん駆け巡りはじめました。

15年前というと、まだ30歳を過ぎたころで独身のころ。税理士試験勉強の真っただ中にいました。その合間に、スポーツクラブの仲間と、夏は伊豆・佐渡・慶良間へとダイビング、春秋は、立山・山梨へと山登り、冬は水上、湯沢、軽井沢、白馬へとスキー、年末年始はまたダイビングで慶良間へと、試験勉強に負けないくらい良く遊んでいましたね。

普段もその仲間たちと一緒に飲み会、カラオケ、釣り、バーベキューなど本当にいろいろとやっていました。皆独身でしたから恋の話もたくさん。なつかしい!

SAUDE=乾杯 のあいさつ
SAUADE=もう戻ることのできない無邪気で日々の悩みもなく、楽しかった幼き頃の日々への思い

悩みは多かったです、しかし実に充実した楽しい毎日でした。


写真 (3).JPG

年初は「故郷に」SAUDE!SAUDADE

中盤である今は「15年前に」SAUDE!SAUDADE

今年の後半は、どんな SAUDE!SAUDADE が待っているのでしょうか。

今後も SAUDE!SAUDADE をどんどん作っていくべく、毎日を後悔なく楽しく過ごしていきたいと思っています。

皆さん応援してくださってありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。

J-WAVE のSAUDE!SAUDADE のリンクはこちらです。

http://www.j-wave.co.jp/original/saude/




友人に感謝
2014/05/16


P4271791.JPG飯能で

私は仕事とプライベートを完全にわけています。
税理士のような自営業では、ごっちゃの方が本当に多いのですが、友人とは経済的なことより精神的にいい影響を与え合いたいといった理由から、お金が絡んで変な関係になったりするなどの危険を避けておこうというのが一番の理由です。

とはいっても、まれに仕事から友人へ、友人から仕事へというケースもあります。ただそれは本当に特殊なケースで、そんな人は特別な友人となっています。

10年ほど前に海外旅行に熱をあげていた時期がありました。その頃情報交換していたご夫妻とは大変ご縁があったようで、今や私の生き方にまで影響を及ぼすような、いいお客様にもなっています。特別な友人の一人です。

その彼が、体調不良だったころ言ってくれました。
「体というのは、自らスイッチを入れれば変わるものだよ。よしっと決めれば、そこから自分で何とかしようと体自身が働くものと思う」

それまで病気らしい病気をしたこともなかった私は、薬を飲み休むことに専念し、ただただ治ることを待っていましたが、いわゆる自助努力といいますか、自然治癒などは全く考えていなかったので、大変印象に残った言葉でした。
ある日からそのように意識して生活しはじめましたが、それから3年経った現在、全く問題ない状態になりました。

アドバイスの仕方を心得た友人のセンスに感動しました。


年男。
病気から5年経過での完全復活年。
結婚10週年。
節目が重なった大切な年です。これから60歳まで12年、次の節目までどう生きるかといったところですが、とりあえず新しいことをいくつか始めました。

数年前から行ってきたある活動に本格的に参画するよう、先日正式な依頼がありましたので、まずはこの活動をしっかり行っていくことにします。


写真.JPG箱根

甲午年の開運は
「活発な活動で」
「猜疑心やねたみに注意」

「備えは常に万全に」




人智を超えたご縁
2014/04/30


P4271814.JPGはなみずきの季節です

最近、土地について仕事柄か、趣味で新築物件をよくみるせいなのか、思いを馳せることがあります。 これまで何度か引越ししましたが、すんだところはすべて何らかの縁でつながっているような気がしています。

最初に住んだ独身寮は板橋の成増でしたが、ここは父が若いころに暮らした街、次の練馬はご先祖様にゆかりのある土地でした。

今の場所には3年ほど前に引っ越してきましたが、近所にキリスト教の布教に尽力された方が作った有名な教会があります。明治から昭和にかけてこの方を陰で援助した方が巡り巡って多少故郷とご縁があった、そうなるとまたご先祖様に呼ばれたのではないか・・・等々。

これまで宗教や人助け、ボランティアには全く縁のない私です。企業を大きくし、継続した雇用を作り出し、しっかり納税することが日本の発展につながると考え、日々利益追求を論じているのが私の仕事でもあります。
ただ、そんな日々のストレス解消もあるのでしょう、以前も書きましたが、1年に1回の税理士会のボランティア活動だけが私の人助けです。

福祉的な活動に一生をささげる能力などなく、そのつもりもありません。しかし、自宅から近い場所にそんな人が住んでいた場所があることは、ご先祖様からの「異なる視点から物事を見る必要性」というメッセージなのかもしれないと、勝手に思いを募らせています。

同業の大先輩は、巨大な税理士事務所を運営する一方で毎年基金活動をしておられますが、皆、人生のどこかで気が付くことなのかも知れません。


P4271793.JPG春の花々

また少し離れた場所に、大正時代に関東大震災後の復興目的で作られた、今でいう新興住宅地があります。同様の街は桜新町や田園調布にもありますが、それらの高級住宅地とは違い、ひっそりと忘れられたように存在しています。しかし、広大な敷地に、意匠の優れた大きな平屋家屋も立ち並ぶ美しい街並みで、住む人も心なしか穏やかのようにみえます。

日曜の朝、教会の鐘がかなたにきこえるそんな街を、愛犬と一緒に散歩するのが私の楽しみになっています。とても落ち着いた気持ちになります。不思議なものです。

人智を超えたご縁だとしたら、大変ありがたいものだと思っています。






愛する故郷を守りたい
2014/03/31


shimodozono.JPG下堂薗茶舗 さんで

週末故郷の鹿児島に帰りました。あいにく小雨交じりでしたが、桜はほぼ満開で、鹿児島市を東西に流れる甲突川の河畔では、朝お花見の準備が繰り広げられていました。

鹿児島に帰る機会がここの所増えました。東北生まれの家内は「嫁しにきている」緊張感もあってか、これまで鹿児島県人のことを「少し怖い」と思っていたようでしたが、最近はだいぶ慣れてきたようです。「大丈夫、気の使い方が違うだけだよね。温かい人たち」と一人でさっさと趣味の写真撮影に出かけていきました。良いことです。
 
ホテルのチェックアウトの時間まで、地元の放送局の番組を見ていました。
「平成26年第1回県議会「定例会を終わって」というもので、各党の代表者たちが様々な問題点について一言ずつ述べるものでしたが、その中で気になる話がありました。
 
外国人が山林を買いあさっている といったものでした。
外国人は、表面上は日本人の名を使って契約も巧妙に行い、追跡してもなかなか調べがつかない ということです。
 
隣の大国が人口増加対策として水源を求め、日本の山林を買いあさっているという話を以前聞いたことがあります。このことなのかも知れません。
 
両国の関係は今良くありません。普通に自国の名を出して購入することをあえて避けてそのような行為に出ているとしたら実に不愉快なものです。
 
先日「赤門」大学の教授先生が事務所までお越しになりました。日本における海洋資源探索の仕事をしていらっしゃる方ですが「隣国は資源確保のために本腰入れてやっている。日本はうかうかしているとやられてしまう」と冷静に話してくれました。最先端で仕事をされている方はさすがに淡々と対処しているようで安心しましたが、それに対して日本社会全体の危機感がなさすぎることに大きな不安を覚えました。
 
私たちは冷静に相手国のやり方を分析し対処しなければなりません。以前とある本で読みましたが、表面上は日本人にそっくりですが思考は全然異なる外国人に対するものとして、接していく必要があるのではないかと思います。
 
もっとこの問題が表面化して欲しいものです。


kagoshima201403.jpeg鹿児島市の高見橋を走る市電

自分の故郷を他国資本のトラックが我が物顔で行き来している、天然ガスを地下から吸い上げるかのように、地下水脈を利用、しかもなし崩し的に。

もうそんな時代は過去のもののはずです。


        


無料相談
2014/02/28


kakutei.JPG無料相談

毎年2月から3月にかけて、税理士業界で一番忙しいと言われている確定申告の時期に、私は毎年税理士会主催の確定申告無料相談に参加しています。小規模の確定申告者向けの無料相談です。

来訪されるのは、お年寄りや、所得の少ない方がほとんどです。
自分で字が書けないしかし税理士に依頼する経済的な余裕もないような方が、杖を突きながら、介護士の方に車いすで押されながらなどして苦労して来訪されます。

担当税理士はそういった方々の話を、丁寧に聞きながら申告書を作る手助けをします。
最近はe-taxの普及により、紙での確定申告はマイナーになり始めていて、ほとんどコンピュータ入力の電子申告ですから、パソコンが苦手のお年寄りのかたには、私たちの存在は必要欠くべからざるものになってきています。

今回は1日93名の方が来訪され、6時間ほどで6人の税理士が対応しました。

終わった時には、言いようもない満足感と疲れが私を包み込みます。

年に1回だけのボランティアですが、やったよかった と心から思います。
普段やっている仕事とは真逆の行為です。いかにして、売上を増やし、利益を確保するかを日々お客様と論じているのが私の仕事ですから、少し救われたような、ほっとした気持ちにもなります。


ちなみに、この無料相談ですが、
税理士法第1条に「税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、税務に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする」とあります。

この規定と、税理士独占業務の規定に配慮して行われているものです。


さて、1日が終了して、担当税理士の間で出た言葉。
「終わりましたねえ、お疲れ様でした。といっても、事務所の確定申告はこれからが本番ですけどね」

そうでした、繁忙期はまだまだこれからが山場です。
来週も初めてのかたの予約が事務所に入っています。







ひのえうまに想う

2014/01/28


1-写真.JPG西福寺で頂いた丙午

私は1966年(昭和41年)生まれです。幼いころから「お、君は丙午(ひのえうま)だね」と言われ、親は「この子はひのえうまなので競争が少なくやわな子なんですよ」とよく答えていました。親からは同じ年齢の人が少ないということだけは聞いていましたので「僕は競争が少ない環境なので、弱いんですよ」と話していました。

ひのえうまについて話しても最近は通じることが少なくなり「はあ?」という顔をされることもしばしばです。よって、生年を話題にすることも減り、ひのえうまの自分は特別なのだなということも思わなくなりました。
 
当時の写真をみると、母の陰から指をくわえて様子をうかがっていることからわかるようにとても弱虫でした。いまだにそう思うことがしばしばです。ひのえうまとは何か、今回の寄稿を機に調べてみました。
 
江戸時代、井原西鶴が書いた「好色五人女」で、恋人に会いたくて自宅に放火した八百屋お七が1666年のひのえうま生まれであったことなどから、ひのえうまの女性は気性が激しく夫の命を縮めるという迷信が庶民に広まった、この迷信は続き、私の生年、昭和41年は出生が50万人も減ったようです。

今のようにインターネットが普及しておらず、真実を知る機会が少なかった時代の悪しき迷信の一つなのかも知れません。

とはいえ、この迷信話を逆手にとって利用された経験があります。30代のころとてもとても好きだった女性がいて、アプローチを重ねましたが、どうにもこうにも、気の無い返事を繰り返すばかり。ジムでトレーニング中、彼女の友人で空手の師範代をするほどの知人が「ひのえうまの女性は気が荒いですよ、止めたほうがいいですよ」と教えてくれました。彼女は12歳年下だったのです。それで彼女の気持ちがわかりしぶしぶあきらめた、そんな出来事でした。

いや、待ってください。本当にひのえうまだったのでしょうか。今調べてわかりました。私の生年の次のひのえうまは2026年になるようです。

なんだそうだったのか・・。迷信というのはこの程度のものですが、当事者はふりまわされるものですね。いずれにしても私の「弱虫」には、ひのえうまも影響しているようです(笑)。



西駅の朝市

2013/12/30


1-PC201000.JPG空港から鹿児島市へ

先日鹿児島に帰った時に、鹿児島中央駅のすぐ近くのホテルにとまりました。
鹿児島が珍しく、いろいろ経験してみたい家内の要望で、焼き芋を買いに行くことになり、ホテルの裏の「朝市」に行ってみました。

鹿児島中央駅の近辺は、私の実家も近く知り尽くしたところでした。
しかし、鹿児島を出て、24年もたつと、様変わりしていて「ここを昔通ったことがあったのだろうか」と思ってしまうような場所もたくさんありました。また、目的地はわかってるのだけれども、そこまでの道をよく覚えていないといったことも、気づかされました。

「朝市」は幼少からよく両親に聞かされていました。
「いま、あさいちにいってきた」といった感じです。
朝市という看板があったかどうかは覚えていませんので、オフィシャルな呼び方かどうかよくわかりません。

現在の鹿児島中央駅は古くは西鹿児島駅といいました。西駅と地元の人は読んでいましたが、その西駅に近い場所に開かれている市場の事です。
戦後のやみ市がそのまま市場として残ったと以前耳にしたことがありますが、真偽のほどは・・・。

今でも両親は、私が帰郷すると「朝市できびなごを買ってきた」と、必ずきびなごを用意してくれています。
スーパーになくても、なぜか朝市にあることが多いようで、きびなごを買いに行くのは、まずは朝市と聞きました。
私はきびなごの刺身が大好きで、手でさばくことを、中学のころ、今は亡き祖母に教えてもらいました。ご存知のとおり、きびなごの刺身は鹿児島を代表する郷土料理です。

その日は私が捌いた大量のきびなごの刺身が、食卓に華を添えてくれます。
銀色に輝くきびなごの姿は、私や家内を喜ばせてくれる演出としては十分です。


1-PC211056.JPG朝市の様子

築地の場外市場の一部分のようなこじんまりとしたスペースに、八百屋さんや、魚屋さんなどが軒を連ねていました。
いろんなものが売っていました。鹿児島の伝統的なお菓子である「ふくれがし」や「かしわもち」「灰汁まき」。
山川漬、大根をそのまま天日干しにしたもの(漬物の材料になる)、豚味噌。鰹節。
魚屋さんには、サバやブリなど、鹿児島を代表する魚がいっぱい売られていました。

1-PC211054.JPG大量のサバ

朝市に行った記憶はほとんどないのに、言いようのない懐かしさがこみあげてきて、思わず立ち止まってしまいました。
かつお節やいりこの香り、そして鹿児島弁に、どこかの細胞が反応してしまったようです。

家内に「早くいくよ!」と言われ、はっと気が付きました。

しばらくあるいて市場の端に、焼き芋用の大きなコンロを見つけました。
安納芋、3個で180円。激安です。
喜んだ家内が「おつりはいらないですから」と200円を出すと「いやいやそんなわけには」とおかみさん。

「明日もまた来ますので」と一声、そのまま市場を後にしました。

あつあつで、湯気がたっていて、あまい。

1-PC211057.JPG安納イモの焼き芋

「ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」は、岩手出身の石川啄木 作。

状況は違いますが、すこし、彼の気持ちがわかるような気がしました。